Japanese Translation of Liner Notes 今回のCD『Walking the Dog』

「アメリカン・ルーツ・アンド・ブルーズ」ミュージックは、ヨーロッパの民族音楽とアフリカのリズムが、何世代にもわたって混ぜ合わされたものだといわれる。多くの曲はツーステップなどのダンス曲としてバイオリン用に編曲されて演奏され、歌詞のついた曲は旅回りのセールスマンによって、他の商品と一緒に売り歩かれた。そのほかにも酒場で歌われた地方の民謡や小唄、教会で歌われた黒人霊歌、さらに、即興で歌われた奴隷たちの農作業での熱唱=フィールド・ハラーやワークソングも、その元になっている。
幌馬車、リバーボート、そして鉄道列車は、土地を越え音楽を人々に運んだ。そして、アメリカ中に移住したさまざまな人々の文化を混ぜこぜにして溶け合わせ、ユニークなアメリカ音楽を生み出した。郷土の食べ物のように、音楽もまたその地方独特の“味わい”をもっている。

初期の音楽探究者による、その土地の音楽の起源についての古老ミュージシャンへのインタビューでは、彼らは決まって、自然の音や日常の音を聞くところから音楽は生まれた、と語っている。暑い農場や畑での単調な歌や、表のポーチでの足の踏み鳴らし、魚を揚げる音が、いつのまにか「耳に張り付いてしまった」と。

酒場の裏部屋でギャンブラーたちがダイスを投げるとき、幸運を願って低く口ずさむハミングが歌になったものもあるし、このCDでも取り上げた「Jesus on the main line」のように、信心深い人たちが電話の向こうのイエスに向かって大声で祈ったり、「the Devil knocking at the back door」のように、裏口のドアを叩く悪魔の誘惑を題材にした歌もある。

優れた歌は、たいてい途中から始まり、終りがない。だから、誰でも自分の経験や歌詞を付け加えて、歌い続けることができる。演奏者は過去の歌を歌いながら、そこに自分の「人生」の思いを込めることもできるのだ。

僕のような南部育ちに限らず、ミュージシャンは音楽の先達に対して多大な尊敬の念をもっている。そして、同じようなストーリーテラーでもある僕らは、僕らのあとに続く人たちのために、いつの日か足元を照らす灯りになりたいと願っている。2008年8月にルイジアナ州ニューオリンズで録音したこのCD『Walkin’ The Dog 』は、そうした僕らの思いが結集したものだ。それは“音楽”という言葉でつながれたアメリカの南部人、イギリス人、日本人の、国境を超えた集まりとなった。

CDができるまで

今回のCD『Walking the Dog』は、ミシシッピー出身で現在は東京で活動するスティーブ・ガードナーと、ニューオリンズのウォッシュボード・チャズ・リアリーの出会いから始まった。東京のルイジアナ料理店「バーボン・ストリート」は、毎年「マリディ・グラ・フェスティバル・イン・トーキョー」を主宰している。チャズをゲストに招いたそのステージでの共演が成功に終わったあと、2人はレコーディングを企画し始めた。

ニューオリンズでのレコーディングには、2007年にテネシー州ナッシュビルで、スティーブ・ガードナーの3枚目のCD『JERICO』を共に録音、南部ツアーを一緒に行った「ジェイク・レッグ・ストンパー・ストリング・バンド」のメンバー、ビル・スティーバーとブランドン・アームストロングも参加することになった。さらに、スティーブの東京での「ボトルネック・ブルーズバンド」のメンバー、ビル・ベンフィールドとヒサ仲瀬もニューオリンズに飛んだ。

4人はスティーブとレコーディングやツアーを共にしているが、2008年8月16日、ニューオリンズのコミュニティ・ラジオ局WWOZのスタジオで、ペギー・ルーのサタディ・ナイト・ルーナー・チューンで2時間ライブを収録するまで、ウォッシュボード・チャズとは一緒にプレイしたことはなかった。ペギーとWWOZにスペシャル・サンクスを!

CD『Walking The Dog』は、オリジナル曲、ニューオリンズ、ミシシッピー、メンフィスのストリング・バンドとジャグ・バンドのスタンダード曲、20世紀初頭の知られざる曲、そして、スピリッチュアル音楽をバランスよく組み合わせている。

ヴォーカルはスティーブ・ガードナー、ウォッシュボード・チャズ・リアリー、ビル・スティーバーがそれぞれ担当したが、バックアップ・コーラスや手拍子、犬の遠吠えは、レコーディング・エンジニアのニック・ヴィターを含めた、その場にいた全員が参加した。

ブランドン・アームストロングは、チューバ、トロンボーン、ベース、バンジョー、ギター、バック・コーラスを。ヒサ仲瀬はベースとリズム・ギター、バックアップ・コーラスを、ビル・ベンフィールドはマンドリンとリード・ギター、スライド・ギターを担当した。

収録曲に関して

CD『Walkin’ The Dog』は、ミシシッピー・デルタを褐色のウィスキーのようにくねるミシシッピー河を下り、ニューオリンズに至る船旅のようなものだ。音楽はその大河のように、けだるく、のたうちながら漂っていく。

オープニング・ナンバーの『WALKING THE DOG』は、テネシー州メンフィスの偉大なミュージシャン、ルーファス・トーマスの曲。この曲は速度を緩めようとしない貨車に飛び乗りたいという、ホーボーの切望をイメージしている。“walking the dog”というのは、貨車が速度を上げるときには、腰を振って歩く女性のようにすばやく通り過ぎてしまうので、ホーボーにとっては手も足も出せない状態のこと。あたかも、黒いドレスに身を包んだセクシーなメリー・マックが、愛犬を連れて通り過ぎてしまうように・・・・。

『AIN’T THAT LOVIN’ YOU BABY』は、生まれ育ったミシシッピーのラジオで聴いて以来、僕の大好きな曲のひとつとなったジミー・リードの曲だ。ジミーがクールな男そのものだったことは、写真を見れば納得するだろう。彼はハーモニカ・ホールダーを首にかけ、マジシャンのようにギターを弾いていた。

『DIGGIN’ MY POTATOES』はピードモント人(南北カロライナ州、ジョージア州地域の住民)のお気に入りの曲で、僕らの大好きな曲でもある。自分の彼女をほかの男に盗られそうなった男が、間男を一生懸命、捕まえようとする歌。

トラディショナル曲の『FREIGHT TRAIN』は、僕と同じサウスポーのカロライナ出身のギタリスト、エリザベス・コットンの採曲。彼女とこの曲は、1960年代のフォーク・ブルーズ・リバイバルで、一躍知られるようになった。

『MIDNIGHT SPECIAL』は、テキサス州ヒューストンとサン・アントニオ間を走っていた伝説の夜行列車だ。列車のヘッドライトが途中にあるシュガーランド刑務所の監房を照らしたら、その囚人は自由になれるという言い伝えがあった。原曲は1800年代後半にノース・カロライナで生まれたといわれるが、僕らは、ジョン&アラン・ロマックスが国会図書館のために1934年に収録した、ハディ・ウィリアム“レッド・ベリー”・レッドベターの演奏バージョンをもとにしている。

『JESUS ON THE MAINLINE』もゴスペルのトラディショナル曲だが、お祈りはキリストと電話で話をするようなものだという、現代的なひねりが加えられている。個人の家庭に回線が引かれるようになるまで、家からかけた電話は、オペレーターが操作するスィッチボードで「メインライン(本線)」へとつながれる仕組みだった。

ミシシッピー・シークスの『SITTING ON TOP OF THE WORLD』は、初期のスタンダードのひとつで、『You Got To Move』や『Come On In My Kitchen』のような偉大な曲の元歌となった。僕には、ミシシッピー・シークスの最後のメンバーとなったサム・チャットマンと、ミシシッピー州ホランデールの彼の自宅のカウチに座って、何度となくブルーズを一緒に演奏した午後の思い出がある。サムは僕に2つの大きな助言をくれた。ひとつ目は「誰でも“黙って聴け”と言われる機会が必要だ」ということ。彼はたびたび僕にそう言った。ふたつ目は「誰かのように演奏するのではなく、自分の音楽を演奏しろ」。僕は毎日、そうするよう、努力している。

1917年にシェルトン・ブルックスがつくった『DARK TOWN STRUTTER’S BALL』は、もっとも初期のトラディショナル・ジャズ・ソングのひとつで、ジャズのスタンダードになった。これは1915年にサンフランシスコで催された「太平洋とパナマ博覧会」に触発された曲だが、100年近くが過ぎた今でも、現代的で楽しい。

1926年にブラインド・レモン・ジェファーソンがつくった『BAD LUCK BLUES』は、勝っても負けても家に帰れないギャンブラーの嘆きを歌っている。

『MEAN OLD FRISCO』は、伝説のブルーズ・ウーマン、ジェシー・メイ・ヒンピルがよく演奏していた曲。ミシシッピー州コモにあった彼女のトレーラー・ハウスで、僕らはこの曲をジャムったものだ。

『HIGH STEPPIN’ TO NEW ORLEANS』は、ビル・スティーバーを中心に全員でつくった曲。ビルが朝食のザリガニ入りオムレツをつくりながらハミングし、ナプキンに歌詞を書きとめ、その2日後に僕らはスタジオ入りした。

サニー・ボーイ二世の古典曲『HELP ME』は、何世代にもわたって僕らのようミュージシャンを触発してきた。あのメンフィスのクラシック『Green Onions』も、この曲に触発されて生まれた。

『GLORY, GLORY HALLELUJAH』は、南北戦争の時代から歌い継がれてきた黒人霊歌だ。子どものころから口ずさんできたこの曲で最高なのが、ミシシッピー州北部にいた偉大な横笛吹き、オーサー・ターナーの“ピクニック”やライブでのバージョン。彼は数年前に神に召された。

このCDに込めた音を楽しんでいただけたらと思う。皆さんの支援に感謝を! さあ、意気揚々と立ち上がって、ウィスキーを飲み干し、音楽のボリュームを上げて、人生を楽しもう。

スティーブ・ガードナー
2009年1月 東京で

Steve Gardner
Tokyo, Japan January 2009

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Comment by Rambling Steve Gardner on January 30, 2009 at 8:29am

Comment by Rambling Steve Gardner on January 30, 2009 at 8:37am

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