酒場の裏部屋でギャンブラーたちがダイスを投げるとき、幸運を願って低く口ずさむハミングが歌になったものもあるし、このCDでも取り上げた「Jesus on the main line」のように、信心深い人たちが電話の向こうのイエスに向かって大声で祈ったり、「the Devil knocking at the back door」のように、裏口のドアを叩く悪魔の誘惑を題材にした歌もある。
優れた歌は、たいてい途中から始まり、終りがない。だから、誰でも自分の経験や歌詞を付け加えて、歌い続けることができる。演奏者は過去の歌を歌いながら、そこに自分の「人生」の思いを込めることもできるのだ。
僕のような南部育ちに限らず、ミュージシャンは音楽の先達に対して多大な尊敬の念をもっている。そして、同じようなストーリーテラーでもある僕らは、僕らのあとに続く人たちのために、いつの日か足元を照らす灯りになりたいと願っている。2008年8月にルイジアナ州ニューオリンズで録音したこのCD『Walkin’ The Dog 』は、そうした僕らの思いが結集したものだ。それは“音楽”という言葉でつながれたアメリカの南部人、イギリス人、日本人の、国境を超えた集まりとなった。
CDができるまで
今回のCD『Walking the Dog』は、ミシシッピー出身で現在は東京で活動するスティーブ・ガードナーと、ニューオリンズのウォッシュボード・チャズ・リアリーの出会いから始まった。東京のルイジアナ料理店「バーボン・ストリート」は、毎年「マリディ・グラ・フェスティバル・イン・トーキョー」を主宰している。チャズをゲストに招いたそのステージでの共演が成功に終わったあと、2人はレコーディングを企画し始めた。
ニューオリンズでのレコーディングには、2007年にテネシー州ナッシュビルで、スティーブ・ガードナーの3枚目のCD『JERICO』を共に録音、南部ツアーを一緒に行った「ジェイク・レッグ・ストンパー・ストリング・バンド」のメンバー、ビル・スティーバーとブランドン・アームストロングも参加することになった。さらに、スティーブの東京での「ボトルネック・ブルーズバンド」のメンバー、ビル・ベンフィールドとヒサ仲瀬もニューオリンズに飛んだ。
CD『Walkin’ The Dog』は、ミシシッピー・デルタを褐色のウィスキーのようにくねるミシシッピー河を下り、ニューオリンズに至る船旅のようなものだ。音楽はその大河のように、けだるく、のたうちながら漂っていく。
オープニング・ナンバーの『WALKING THE DOG』は、テネシー州メンフィスの偉大なミュージシャン、ルーファス・トーマスの曲。この曲は速度を緩めようとしない貨車に飛び乗りたいという、ホーボーの切望をイメージしている。“walking the dog”というのは、貨車が速度を上げるときには、腰を振って歩く女性のようにすばやく通り過ぎてしまうので、ホーボーにとっては手も足も出せない状態のこと。あたかも、黒いドレスに身を包んだセクシーなメリー・マックが、愛犬を連れて通り過ぎてしまうように・・・・。
『AIN’T THAT LOVIN’ YOU BABY』は、生まれ育ったミシシッピーのラジオで聴いて以来、僕の大好きな曲のひとつとなったジミー・リードの曲だ。ジミーがクールな男そのものだったことは、写真を見れば納得するだろう。彼はハーモニカ・ホールダーを首にかけ、マジシャンのようにギターを弾いていた。
『DIGGIN’ MY POTATOES』はピードモント人(南北カロライナ州、ジョージア州地域の住民)のお気に入りの曲で、僕らの大好きな曲でもある。自分の彼女をほかの男に盗られそうなった男が、間男を一生懸命、捕まえようとする歌。
トラディショナル曲の『FREIGHT TRAIN』は、僕と同じサウスポーのカロライナ出身のギタリスト、エリザベス・コットンの採曲。彼女とこの曲は、1960年代のフォーク・ブルーズ・リバイバルで、一躍知られるようになった。
『MIDNIGHT SPECIAL』は、テキサス州ヒューストンとサン・アントニオ間を走っていた伝説の夜行列車だ。列車のヘッドライトが途中にあるシュガーランド刑務所の監房を照らしたら、その囚人は自由になれるという言い伝えがあった。原曲は1800年代後半にノース・カロライナで生まれたといわれるが、僕らは、ジョン&アラン・ロマックスが国会図書館のために1934年に収録した、ハディ・ウィリアム“レッド・ベリー”・レッドベターの演奏バージョンをもとにしている。
『JESUS ON THE MAINLINE』もゴスペルのトラディショナル曲だが、お祈りはキリストと電話で話をするようなものだという、現代的なひねりが加えられている。個人の家庭に回線が引かれるようになるまで、家からかけた電話は、オペレーターが操作するスィッチボードで「メインライン(本線)」へとつながれる仕組みだった。
ミシシッピー・シークスの『SITTING ON TOP OF THE WORLD』は、初期のスタンダードのひとつで、『You Got To Move』や『Come On In My Kitchen』のような偉大な曲の元歌となった。僕には、ミシシッピー・シークスの最後のメンバーとなったサム・チャットマンと、ミシシッピー州ホランデールの彼の自宅のカウチに座って、何度となくブルーズを一緒に演奏した午後の思い出がある。サムは僕に2つの大きな助言をくれた。ひとつ目は「誰でも“黙って聴け”と言われる機会が必要だ」ということ。彼はたびたび僕にそう言った。ふたつ目は「誰かのように演奏するのではなく、自分の音楽を演奏しろ」。僕は毎日、そうするよう、努力している。
1917年にシェルトン・ブルックスがつくった『DARK TOWN STRUTTER’S BALL』は、もっとも初期のトラディショナル・ジャズ・ソングのひとつで、ジャズのスタンダードになった。これは1915年にサンフランシスコで催された「太平洋とパナマ博覧会」に触発された曲だが、100年近くが過ぎた今でも、現代的で楽しい。
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